TAKETYON's Impression
シリーズ雑感「仮面ライダー剣(ブレイド)」
- 第一話〜シリーズ開始時雑感
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平成ライダーもこれで五作目。って、この時点で、第一期ライダーシリーズに肩を並べるだけの数、作品を重ねたことになります。
奇しくも、同じ位置付けにあるストロンガーと一緒の、カブト虫モチーフってのが、また興味深い。まぁ、あるいは意図的なのかもしれませんけどね(笑)。
内容的にも、平成ライダーの総決算、悪く言えば良いトコ取り的なつくりが随所に見られますが、全体としての雰囲気は、やっぱ龍騎が一番近いかなー、と。
ただ、そう思えるのは、カード(ラウズ)システムであることよりも、周辺を取り巻く人物の多さ、群像劇的な物語の予感が原因のような気がします。
さて、ストーリーの方ですが・・・、えーっとFF7?(笑)。キャラクターの位置付け的には、蓮と真司なんでしょうが、微妙にそれとは違う関係だしね。やっぱ、クラウドとセフィロスが一番近いと思う(^^;)。
ま、それはさておき、第一話らしく思いっきり謎バラ撒きまくってくれましたが。でも、ホントに訳が分からない謎って言うよりも、多分こうなんじゃないかな?、みたいに思えるつくりだったんで、どっか安心してます。
つか、予測のつかない謎に、ドキドキさせられるのはいーんですが、そのまんま謎解きしないで終わらせるのは、いー加減勘弁して下さい(^^;)。謎ってのは、謎解きの瞬間、「成程、そうだったのか!」って、膝を叩けるのが醍醐味なんであって、難解にすれば良いってわけじゃないんです。説明して、ハイ終わりってもんでも無いのよ?(苦笑)。
そゆ意味では、確かに風呂敷広げるのが巧い人は、最近増えたと思いますが、その畳み方を心得てる人は、むしろどんどん減りつつあるよーな気が(^^;)。
ビジュアルに関しては、良く出来てると思います。初っ端のバイクアクションは、ライダーの面目躍如!って感じ。さらに、ライダーブレイクまで、かましてくれるあたし、言うこと無いです(笑)。
また、ギャレンのダブルファイヤーサマーソルト(笑)は、ライダーキックの新たなアプローチ(ギルスの足技が基だとは思うけど)として、仲々好感が持てます。
ライダーっていやぁ、久々に昆虫モチーフな訳ですが、バッタじゃなくてカブト虫にしといて、その上で一話の怪人にバッタ(イナゴ?)をぶつけてくる辺り、つくづく判った上でつくってんなぁ、と思います(^^)。
カードシステムの見せ方も、トランプのスプレッドを巧みに結び付けたカブトガニ(笑)とか、変身時、カードが連なってベルトを構成することとか、単なるトレカもどきに留めず、積極的にビジュアルに結び付けてるあたりうならされます。
また、トランプの枚数になぞらえて、アンデッドの数を53体に設定するあたりも巧いなぁ、と。ふつー1シーズン52話の作品だもんね。
ただ、しゃーないんかもしれんけど、相変わらずのイケメン路線がちょと辛いかも〜。あの手の顔の個体識別、わし苦手なのよ〜。実際、剣崎と居候の三人目(まだ、名前覚えられん/爆)とか、顔の区別つかんで困ったし〜(大笑)。
あと、 OPですが、舞台調でまとめるのは格好良いと思いますし、当然存在して然るべき、四人目のライダーがいないあたりは、仲々意味深で興味も引かれます。
ただ、素顔の面々が小洒落た衣装で、ポーズ取ってるのは少し興醒め。つか、あれだと作品中の人間じゃなしに、舞台のカーテンコールで、役者が挨拶してるみたいな感覚なんですよね。
OPってのは、その作品世界へと誘う道標みたいなもんだと、私は思ってます。それだけに、舞台裏を匂わせるような演出は、少なくとも OPとしては言語道断だと思うんですが・・・。
でも、格好良ければ良い、って人のが、今は多いんやろなぁ・・・。
とりあえず、全体の作りとしては、先に述べたように良い意味で、平成ライダー各作品の良いトコ取りをしつつ、巧みに独自の味付けを加え、そしてちゃんとヒーローものとして仕上げてきてるあたりは好感が持てます。
それだけに、変に昨今の流行りを意識して、ふらふらしたりせずに、きっちりこのまま王道で仕上げてくれることを期待したい・・・んですが、なんか一抹の不安が残るんだよなぁ(苦笑)。
さて、一年後、ここにどういった感想が加わることになるか、自分が一番楽しみだったりします(^^)。
・オマケ
かぶらペンだの、カブトガニ持ったバシャーン(爆)とか言われてるブレイドの顔ですが、シリーズ中盤のパワーアップあたりで、角の先がパカッと開くんでは無いかと予想してます(笑)。ほら、アギトのグランドフォームみたいに・・・。

角開かせてみると、結構王道なライダーデザインだと思った(^^)。
- 最終回雑感
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良かった。
世間の風評は決して芳しくなかったし、実際細かい所を見れば、一年を通して粗が目立つ造りであったことは否めない。
だが、少なくとも私個人の評価としては、クウガ以降の平成ライダー作品の中では、クウガに次ぐまとまりを見せた作品であったと思う。
正直、私とても作品としての出来そのものは、お世辞にも褒められたものであるとは言わない。
矛盾を消化しきれなかった脚本、設定を生かしきれなかった演出、そして逆の意味で流行語を生み出してしまった(苦笑)、俳優陣の演技と目につくところは数限り無い。
だが、それでも。
それでも、この作品はライダーとして、子供たちに送るヒーロー作品として、忘れてはいけない、見失ってはいけない「何か」だけは失うことは無かった。
正直、剣以前の二作に関して、私が一番落胆したのは、ビジュアル面に拘泥した結果、その大事な何かを見失ってるように感じられたことだ。
いかに安っぽくとも、陳腐であろうとも、ヒーローたるものが決して見失ってはならないもの。
確かに、それを剣崎は見せてくれたのだ。
それを真っ正面から、作品中で声高に叫んだのはやはりアブゾーバー、Jフォームの登場時だろう。
人を護る。
義務ではなく、ただ己自身の心の命ずるままに、大事なものを護り抜く。
あそこで嶋が見届けたもの、剣崎が見出したものは、ヒーローがヒーローたる一番の根幹であると思う。
正直、作品として、あの場面自体を問うのであれば、演出的にも脚本的にもそれまでの流れを十分にくみ取ることが出来ず、いっそ薄っぺらにすら見えてしまうものであったとは思う。
ある意味、それをああいった演技、直接的な言葉としてしか表現出来ないこと、それ自体は、確かに作品としての一つ限界を示すものであると言っても良いだろう。
だが、だがそれでも良いのだ。
演出や、脚本的が稚拙であろうと、それらは全て「主題」を表現する手段でしかない。結局のところ、それは見栄えでしか無いのだ。
むしろ、今となっては、そんな作品の造りすらも最終回の剣崎の姿にダブって見える。
時に運命と立ち向かいつつも、最後のところでジョーカーとしての本性を振り切ることが出来ず苦しむ始。
だが、所詮、人の苦しみを他人が理解することなど、決して出来はしないのだろう。
他人を救うことも、与えられることもありはしない。何故なら、自分を救えるのは自分自身でしか無いからだ。
だから、剣崎は同じ場所に立った。始に伝えるために。
お前は一人では無いのだと。
お前が戦い続けるように、俺もまた戦い続ける、と。
自分自身との戦いを捨てるな、と。
他の何かとではなく、自分自身と戦い続ける心(Spirit)。
そう、それこそが「人」であると言うことなのだ。
人はみな、常に何かと戦い続ける。
時に本能と、欲望や邪心と、或いは他の偏見と。
それは、アンデッドであろうと無かろうと、いやフィクションの壁すら越えて、常に私達自身が立ち向かわなくてはならない戦いでもある。
そして、それは本郷猛から始まる仮面ライダーと呼ばれる者たち、人ならぬその身に誰よりも人間らしい熱い魂を秘めた勇者達が、僕たちに伝え続ける仮面ライダー魂(Sprits)そのものだ。
剣崎も、そして始もただ「人」になった。
戦い続ける「人間」を護り抜いた。
何と素晴らしい結末であろうか。
確かに、彼らは牙持たぬ人の「剣」であった。
ライダー賛歌は、人間賛歌。
どこかで、誰かが謳ったこの言葉を、平成の世に戦った新たな仮面ライダーたちに贈って、この作品へのエールとしたい。
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